Some years later…  料理研究家・若山曜子さん

 

 

バターの香りが立ちのぼる店内で、大きめのマグカップに口をつける。

「お菓子屋さんになりたいと思っていたわけじゃない。ただ、お菓子がすきだった」

 

料理研究家・若山曜子さん。幼少期を東京で過ごし、その後岡山県に引っ越したが東京で食べたお菓子の味が忘れられなかった。「どうやったら岡山でもあの味が食べられるだろうって考えてたの。それでためしに自分でつくってみたら、けっこうおいしくできたのね」。食べたいときに食べたいものを作る。その楽しさに夢中になった。

 

高校卒業後、製菓の専門学校に進むか一般大学に進むかで迷ったが「より将来の選択肢が多いほうを」と大学を選び、留学したいという気持ちもあって東京外国語大学のフランス語学科に入学した。移転前、巣鴨キャンパスの頃だ。「入学するまで知らなかったんだけど、当時の外大の校舎はほんとうにボロボロで汚くてね。トイレのドアとか、開け閉めするたびにギィギィいうの。それもあって、大学にはあんまり行かなかった」。

 

東京の自宅から大学のある巣鴨までの間には、原宿、渋谷、新宿と繁華街が揃っていた。「岡山にいたときから、東京の行きたいお菓子屋さんリストは作っていた」という若山さん。大学には行ったり行かなかったり。それよりも、通学定期をフル活用してクロワッサンの食べ比べをしてみたり、気になるお菓子屋さんを片っ端から訪れてみたりするほうが楽しかった。

 

卒業を控え、就職を考えた。お菓子好きは一貫して変わらず、お菓子の本を出している出版社への入社を考えたものの、編集には向いてないと思い直した。「留学したら」という母の一言で、海外の製菓学校を視野に入れるようになった。「ニューヨークの学校もすごくいいなと思って。でも行ってみたら、結局教鞭をとっているシェフがフランス人だった。だったら、アメリカで学ぶ意味ってなんだろうって」。そうして単身パリへ渡り、自分の足で探し歩いて入学する学校を決めた。「やっぱり現地で自分で調べてみたほうがいい。行ってみないとわからないことって、すごくたくさんあるから」。

 

 

企画段階からレシピ本の制作に関わる若山さん。テーマも自ら発案することが多いという。「世の中にレシピ本なんて山ほどある。内容だって、なんだかんだけっこう似ていたりするでしょう。でも、誰が料理するか、どんなカメラマンさんが撮影するか、どんなスタイリストさんがつくかで出来上がりがまるっきり違ってくる。だから楽しい」。

一冊の本ができあがるまでに、およそ半年。レモンのお菓子の本をつくったときにも、レモン自体のビジュアルにかわいらしさがあることを考えて表紙はすっきりさせよう、写真は透明感のある写真を撮るカメラマンさんにお願いしよう、と試行錯誤が重ねられた。「みんなで一緒につくるの。なんだか文化祭みたいでしょう」

 

すきなものに穏やかに、朗らかに、まっすぐに。自分がおいしいと思えるレシピをつくるまでには、時間もお金もたくさんかかる。けして効率のいい、楽な仕事とは言えない。それでも「お菓子が好き」。自分が食べたいものを食べたいときにつくりたい。

その思いはずっとまっすぐ、変わらない。

 

若山曜子『レモンのお菓子』                       写真  馬場わかな マイナビ出版

(文・三橋 咲)